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東京地方裁判所 平成8年(刑わ)6号 判決 1996年3月28日

主文

被告人を罰金一五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

【犯罪事実】

被告人は、東京都台東区《番地略》甲野ビル一階において、カップル喫茶「乙山」を経営していたものであるが、

一  同伴客であるAとB子が、共謀の上、平成七年九月二一日午後五時二二分ころ、同店客席において、不特定の他の客が容易に覚知し得る状態で、Aが陰茎を露出するなどした上、B子が下半身裸になってAの陰茎を口淫するなどし、

二  同CとD子が、共謀の上、前記日時場所において、不特定の他の客が容易に覚知し得る状態で、Cが陰茎を露出するなどした上、D子がCの陰茎を口淫するなどし、

三  同EとF子が、共謀の上、前記日時場所において、不特定の他の客が容易に覚知し得る状態で、Eが陰茎を露出するなどした上、F子がEの陰茎を口淫するなどし、

それぞれ、公然とわいせつな行為をするに際し、同店従業員Gらと共謀の上、その情を知りながら、右同伴客らが互いの姿態を相互に見通せるように、同店内に木製長椅子等一二脚を配置した上、各椅子に座布団、バスタオル、ウエットティッシュ等を備え置くなどして、男女同伴客がわいせつ行為をし易く、かつ、その姿態を互いに覚知し合って更に性的感情を刺激し、高めるように工夫が施された客室を提供するなどし、もって、右Aらの前記各犯行を容易ならしめてこれを幇助した。

【証拠】《略》

【主位的訴因を認定せず予備的訴因を認定した理由】

本件の主位的訴因は、要するに、カップル喫茶「乙山」の経営者である被告人が、前記Aらと共謀の上、公然わいせつの行為をしたとする公然わいせつ罪の共同正犯の訴因である。

一  そこで、検討するのに、前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

1  被告人は、かつて、夫婦交際誌に広告を出して会員を募集し、埼玉県川口市のマンションの一室で、集まった男女のカップル会員が性的行為をし、これをカップルが互いに見て性的興奮を高め合うことを内容とする相互鑑賞クラブ「丙川」を経営するなどした。

2  その後、被告人は、平成六年七月ころ、東京都台東区《番地略》の判示甲野ビル一階で風俗営業をしていた知人から、営業不振を理由に、同所で店舗の営業をするように頼まれた。そこで、被告人は、前記「丙川」のママをしていたH子と一緒に大阪のカップル喫茶を視察に行くなどした後、同年九月二〇日ころから、右ビル一階において、H子を店長として、カップル喫茶「乙山」の営業を始めた。

3  「乙山」を含むカップル喫茶は、「相互鑑賞喫茶」などと称され、店内の客席で男女の同伴客が性的行為をし、同伴客が互いにその姿態を見せ合うことによって更に性的感情を刺激し、高めることを狙いとして営業されていた。

本件「乙山」は、被告人が決めた営業方針に従い、夜の公園の雰囲気を醸し出すために、照明を薄暗くした上、店内中央部に飛び石を置き、これを囲むようにして点々と合計一二脚の木製長椅子ないし背もたれ式椅子を配置し、さらに、その周囲に観葉植物の植木鉢を置くなどし、その観葉植物の間から相互に他の同伴客の姿態を観察できるような工夫がされるとともに、同伴客の使用に供するために、各長椅子の上などに座布団、バスタオル、ウエットティッシュ等が置かれていた。

4  被告人は、夫婦交際誌に、「丙川が華麗に変身」「覗いてウヒヒ…! 覗かれてドッキリ!」「新しい形の相互鑑賞サロンが誕生!」「都会の公園の夜をリアルに再現しました」などという宣伝広告を掲載し、店長ら数名の従業員が店内の接客等の営業に当たったが、右の宣伝広告のほか、週刊誌やテレビ番組が店の営業実態を報じたことなどから、次第に客足が増えた。そして、「乙山」に入店した同伴客は、店側の狙いどおり、店内でわいせつ行為を行い、中には行為をエスカレートさせて性交そのものに及ぶものもあった。

二  右の事実によれば、被告人は、カップル喫茶「乙山」の経営者として、Aら同伴客に対し、わいせつ行為をし易く、かつ、その姿態を互いに見せ合って更に性的感情を刺激し、高めるような雰囲気及び構造となっている本件喫茶店の客室を提供したことにより、同人らの公然わいせつ行為を容易ならしめてこれを幇助したものと認められる。

なお、被告人は、当公判廷で、客が店内で性交や性交類似行為に及ぶことは予想もしていなかったと供述するが、前記認定のとおり、「乙山」は、もともと同伴客が店内で性的行為をし、これを相互に見せ合うことにより更に行為をエスカレートさせることを営業の狙いとしていたものであり、実際に、「乙山」店内で同伴客が性交や過激な性交類似行為に及ぶことがあったが、そのような場合でも、店側が制止することはなかったと認められる。そのほか、被告人が「乙山」の営業実態についての週刊誌などの報道内容や、本件摘発前に大阪で同種の営業が摘発された事実を知っていたことなどからみて、被告人が店内での客の行為の実態について認識がなかったとは到底認め難い。被告人の供述は採用できない。

三  検察官は、主位的訴因において、店の経営者である被告人と同伴客との間に同伴客が公然わいせつ行為をすることについて相互に暗黙の了解があった上、店の営業は同伴客の公然わいせつ行為の上に成り立っていることなどからすると、被告人は、同伴客の公然わいせつ行為を自己の犯罪として行ったものとみることができるから、公然わいせつ罪の共謀共同正犯が成立すると主張する。

しかし、関係証拠によれば、「乙山」は、男女の同伴客でなければ入店できないことになっていたが、入店した後は、同伴客において何らかの性的行為をしなければならないような決まりがあったわけではなく、他の客に迷惑をかけない限り、どのような行動をとるかは同伴客の自由に委ねられていたことが明らかである。すなわち、前記のとおり、「乙山」は、同伴客が店内で性的行為をし、これを相互に見せ合うことにより更に行為をエスカレートさせることを営業の狙いとし、その狙いに従って店内の雰囲気作りなどがされていたが、店側の働きかけはそれにとどまり、入店した同伴客が性行為など過激な行為に及んでも、それを制止することはなかったし、その逆に、同伴客が何もしなくても、性的行為をするよう求めたりすることもなく、あくまでも店内の行動は客の自由に委ねられていたことが明らかである。また、「乙山」では、同伴客から入場料を取っていたが(一組につき、当初は時間制限なしで二五〇〇円であり、営業時間を延長した平成七年四月ころ以降は、午後〇時から午後六時までは時間制限なしで一律二五〇〇円、午後六時以降は一時間二五〇〇円、延長料金は一時間一〇〇〇円であった。)、これは客一人に一本ずつ提供されるジュース類の代金のほか、公然わいせつ行為をするのに適した雰囲気及び構造の場所提供の対価に相当するものと認められる。

このようにみると、被告人の立場は、同伴客のそれとは異なり、自らも客と共同して公然わいせつの犯罪行為を実現しようとするものではなく、本件喫茶店の客室を提供することにより、同伴客の公然わいせつの犯罪行為を容易ならしめようとするものであったというべきである。したがって、本件において、被告人には、公然わいせつ罪の共謀共同正犯の成立は認められず、公然わいせつ罪の幇助犯の成立が認められるにとどまる。

よって、当裁判所は、主位的訴因を認めず、予備的訴因を認定した次第である。

【法令の適用】

1  罰条 包括して刑法六〇条、六二条一項、一七四条

2  刑種の選択 罰金刑

3  法律上の減軽 同法六三条、六八条四号(従犯)

4  労役場留置 同法一八条

(検察官岩垂一登、私選弁護人鎌田勇夫各公判出席、求刑罰金三〇万円)

(裁判長裁判官 出田孝一 裁判官 西本仁久 裁判官 神田大助)

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